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 ロビンさんのところに戻ると、見たことのない女の人がいた。
 仲良さげに談笑している。彼女の細い腕がロビンさんに触れていた。

 

「やあキティ。もう回り終わった?」

 

 ロビンさんは優しく笑った。女の人も、こちらを見る。
 華やかな巻き毛だ。

 

「はい。エーリカちゃんのカレシさんが来たから、別行動することになったんです」

 

 あ、これはいうべきじゃなかったかな。
 女の人に気をとられて、余計なことを口走ってしまった。

 

「でも、あたしが提案したんです。エーリカちゃんが別行動したいっていい出したんじゃないですよ」

 

 あたしの言葉を気にした風もなく、ロビンさんは女の人に向き直った。

 

「エリザ。彼女がキティだよ」
「ふふ。本当に仔猫みたいに可愛いわね。私はエリザ。コンラッドの姉よ」
「コンラッドさんの?」

 

 にしては、髪の色や顔立ちがちがっている。
 あ、髪の色は変えられるんだっけ。

 

「似てないでしょう? 私たちの一族ではよくあることなのよ。片親がちがうの。ナツとロビンもそうよ」
「そうなんですか。複雑なご家庭なんですね」
「そうでもないわ。長く生きると、好きになった相手が実は自分の兄弟の孫だったということもあるのよ。兄弟の数が多すぎて、覚えきれないの。それでもとくに問題はないけれど」

 

 も、問題ないの?

 

「キティちゃんは面白い特性を持ってるのね。ナツにしてやられたのね、ロビン。嬉々として従うだなんて、どういう風の吹き回し?」
「オレのほうにメリットがあるなら、利用させてもらうよ」
「あら、メリットだなんて。そんないい方、女の子に優しくないわ」

 

 エリザさんはしなやかな指先で、ロビンさんの口もとをつついた。
 どきりとする。

 

「そうかな? 反省するよ」
「たまにはコンラッドにも勝たせてあげてね」
「エリザは自分の弟のことをわかってないね。最近は出し抜かれてばかりだよ」
「あら。あの子もそういうことができるようになったのね。無愛想で不器用でつまらない子だとばかり思っていたけど」

 

 ふたりでクスクスと笑いあっている。正体不明のフェロモンオーラがすごい。すごすぎて、入っていけない。

 

 ほら、やっぱり。
 ロビンさんには、ああいう女性が似合う。

 

 やだな。
 もうキスしたくないな。

 

「キティ?」
「あたし、もう少し回ってきます」

 

 逃げるように、駆けだした。

 

 

 

 

「なんであたし、勝手にショック受けてるんだろ」

 

 ばかみたい。
 ばかみたいだ。

 

 教会の長椅子に座って、祭壇をぼうっと見た。
 バザーは教会の広場で行われていたようだ。
 教会には、神父さんや礼拝客の姿はない。

 

 カトリック教会……じゃなさそうだけど。

 

「帰りたいなぁ」

 

 お父さんとお母さん。学校。友達。
 見慣れた場所に、帰りたい。

 

 うつむくと、あかるい色の髪がサラサラと流れた。
 あたしの髪じゃ、ないみたい。

 

「どうしたの、キティ」

 

 うしろから声が響いた。
 背もたれごしに、抱きしめられる。

 

「もうすぐキスの効果が切れるのに、ひとりで出かけたら危ないよ」
「……いいんです、切れたって」

 

 これじゃあ、スネているみたいだ。

 

「君がそれでいいなら、構わないけれど」

 

 ロビンさんは笑みを浮かべた。

 

「本心じゃないなら、問題だな」
「だって、猫が治ったって、どうせあたしはずっとこの箱庭にいなきゃいけないんでしょう」
「そうだね」
「それならいいです。必要事項を伝える時だけ、喋れるようになれば困らないですから」
「そうだね、オレも困らない」

 

 ロビンさんの親指が、あたしの唇をなぞる。
 くすぐったいような感覚に、肩が震えた。

 

「あたしは、ひとりだけでは庭に出ることも禁止されてるし、ずっと家のなかで、静かに過ごしているべきなんですよね。ナツさんから押し付けられた厄介ごとだし」

 

 カッコ悪いことをいってる。
 こんなこと、5000年生きてるロビンさんにとっては、幼児のぐずりくらいにしか思えないだろう。絶対に、呆れられる。

 

 大きな掌に、あごを掬われた。口付けされる、と怯えた直後、落ちたのは頬へのキスだった。

 

「可愛いな」

 

 口付けが耳へすべり、甘く噛まれた。

 

「やっ……」
「見てのとおり、オレのまわりにはふてぶてしい子しかいなくてね。こんなふうに可愛く駄々をこねられると、たまらない」

 

 熱っぽい声が、直接耳朶に響く。ぞくぞくと背すじをなにかが走り抜けた。
 振りほどこうとしたけれど、ロビンさんの片腕にかんたんに抱きこまれる。

 

「ロビンさん、放して」
「可愛いキティ。この箱庭で、永遠にオレと遊ぼう」

 

 唇に、熱い唇が重ねられた。腕を首の後ろに回され、顔を上向きに固定され、ロビンさんの思うさま蹂躙される。

 

 軽くって、お願いしたのに。

 

 口端から吐息が漏れる。息がうまくできなくて、はくはく喘ぐと、口蓋を舐めとられた。肩が震える。体をいっそうきつく抱きこまれて、深く口付けられた。

 

 荒々しいキスが怖い。全部もっていかれそう。胸の奥が切なくなって、目が潤む。とじた瞼の下から涙が零れた。

 

「……キティ」

 

 至近距離で、ロビンさんが囁く。
 彼の目には熱がこもっていた。

 

 あたしは涙を零しながら、かすれた声でいった。

 

「軽くしてって、いったのに」
「ああごめん。忘れてた」

 

 そして再び、深いキスに溺れた。

 

 

 

 

「えーなんでダメなんですかー?!」

 

 馬車の前で、エーリカちゃんが怒っている。
 相手はコンラッドさんだ。

 

「スペース空いてるんだし、ウォンひとり乗せて帰るくらいいいじゃないですか」
「ウォンは体が大きい。狭くなる」
「けち。背なら、コンラッドさんのほうが高いクセに」
「どうぞ、お乗りください」

 

 あたしはロビンさんにエスコートされて馬車に乗りこんだ。
 むくれ顔のエーリカちゃんが入ってくる。

 

「せっかくウォンとお泊りしようと思ったのに」
「お、お泊りって、どこで?」
「あたしの部屋」

 

 それは大胆すぎると思うよ、エーリカちゃん。

 

「だってフェスティバルのあとって、そういう気分になるんだもん」

 

 コンラッドさんが入ってきて、御者に合図を送る。
 走り出した馬車の外で、ウォンさんがぽつんと立っていた。哀愁感がすごい。

 

 

 

 

「エリゼさんとロビンさんて、恋人同士なのかな」

 

 夜、エーリカちゃんに思い切って聞いてみた。
 バスルームは、声が反響する。
 広いお風呂に、あたしとエーリカちゃんは身を沈めていた。

 

「んー、昔はそういうこともあったかもしれないね。いまはそんなに親密じゃないと思うけど」
「……。ロビンさんって、いままで何人とつきあったことあるんだろ」
「えー、そんなのいちいち数えてたら日が暮れちゃうよ」

 

 あたしはがっくり肩を落とした。
 そうだよね、普通そうだよね。
 ロビンさんがあたしにするのはぜんぶ、ペットとのお遊びだ。

 

 エーリカちゃんはお風呂のへりに頭を乗せてゆらゆら浮いている。
 そうしてると、全身丸見えなんだけど……。羨ましいほどのナイスバディなんですけど……。

 

「もしかしてキティちゃん、ロビン様のこと好きになっちゃったの?」
「えっ?!」
「いっぱいキスされて好きになっちゃった? そういうのあるよね」
「そんなのないよ。そんなの、なんかヤラしいよ」
「あ、キティちゃん。むっつりだ」

 

 ボディブローがきた。

 

「キスって気持ちいいよね。あたし最初ウォンのことなんてなんとも思ってなかったのに、何度かちゅーしてるうちに好きになっちゃった」
「好きになる前にキスしたの?!」
「キティちゃんも同じだし」
「あたしのアレは人工呼吸で」
「コンラッドさんとロビンさん、どっちが巧い?」
「じ、人工呼吸!」

 

 別の意味でのぼせそうだ。

 

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