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 翌日の昼下がり。一階のテラスでテーブルの上に頬杖をつきつつぼーっとしていると、ふいにエーリカちゃんがいった。

 

「キティちゃん、いまヤラしいこと考えてるでしょ」
「ええっ?」

 

 我にかえった。
 エーリカちゃんはおやつのアップルパイにパリパリとフォークを入れる。

 

「だってほっぺがほんのり赤くなって、目が潤んでるんだもん」
「そんなことないよ! あたしは今後の自分の人生を真面目に考えてるんだよ」
「ふーん。それで、結論は?」
「結論は……ええと」
「ロビン様の飼い猫から奥さんに出世するぞ、ていう感じ?」
「そ、そんな安易な。人生うまくいかないからって結婚に逃げるなんてこと」
「あはは、キティちゃん真面目ー」

 

 エーリカちゃんはカラカラ笑う。

 

「真面目っていうか……ごめん。あたし、嘘ついた。人生のことなんて考えてなかった。ロビンさんのこと、考えてたの」
「おっと、あたし正解してるし」

 

 エーリカちゃんは嬉しそうに手を叩いた。

 

「ロビン様いいよね。優しいしカッコいいし、いつでも余裕だし」
「うあー、だめだあたし。全部に同意しちゃう」

 

 テーブルの上に突っ伏した。
 たぶんいま顔が赤くなってるから、上げられない。

 

「素直になるのはいいことだよ。あたしとしてはコンラッドさんざまぁで二度おいしいし」
「コンラッドさんはあたしの気持ちなんていつもおかまいなしだから、ショックなんて受けないと思うよ」
「そうかも。あの人神経図太いからね」

 

 あたしは顔を上げた。

 

「ねえエーリカちゃん。あたし、単純かなぁ。キスされて、可愛いっていわれて、優しくされて、好きになっちゃうなんて、単純かな」
「単純単純。でも単純な子のほうが幸せになれるよ。これ絶対」

 

 くりくりとエーリカちゃんが頭をなでてくれた。

 

「べつに好きになってもいいじゃん。それで幻滅したら、嫌いになればいいよ。あたしだってずっとウォンのこと好きでいるか、ぜんぜんわかんないし。ウォンが別の子好きになっちゃうかもしれないし。恋愛ってそういうものでしょ」
「うん……。でもロビンさんが他の女の子を好きになっちゃうのは、イヤだなぁ……」
「ひゃーキティちゃん。乙女すぎ。可愛すぎ。コンラッドさんざまぁ!」

 

 エーリカちゃんは非常に喜んでいる。
 あたしは紅茶をスプーンでかき混ぜた。

 

「でもいまさら動けないし、ずっとこのままかな。このままの関係が続けばいいな」
「キティちゃん、それ本気?」

 

 マジ顔のエーリカちゃんに、スプーンを取り上げられた。

 

「本気って、なにが?」
「告白して付き合っちゃいなよ。奥さんにしてくださいっていいなよ。きっとすぐ結婚してくれるよ」
「え、エーリカちゃん。無茶いわないでよ」

 

 あたしはどぎまぎした。
 スプーンをぴっと立てて、エーリカちゃんは続ける。

 

「ナツさんがつけた特性は、もうロビン様には効いてないと思うな。それでもロビン様がキティちゃんにメロメロなのは、ハタから見ててすぐにわかるレベルだよ」
「……それは、昨日ロビンさんからいわれた」
「君にメロメロだよって?」
「そっちじゃなくて」
「ほら、やっぱもう効いてないし! コンラッドさんはどうなのかなぁ」
「でも、ロビンさんは」

 

 脳裏にエリゼさんの姿が浮かんだ。
 綺麗で、オトナで、いい匂いがするひと。ロビンさんの隣に立って、なんの遜色もないひと。

 

「もっと、相応しい女の人がいるんじゃないのかな。あたしみたいな、10代のコドモじゃなくて」
「んなこといってたら永遠にカレシできないよ」

 

 びし、とスプーンを突きつけられた。

 

「う。それはそうかも……」
「煮え切らないなぁ。ロビン様の女性の好みなんて、わかんないじゃん。案外ロリコンかもしれないし」
「ロリコン?!」
「歳とっていろいろこじれちゃってるかもしれないでしょ」

 

 問題発言をペラペラとエーリカちゃんは喋っている。

 

「よし、じゃあコンラッドさんに聞いてみよう。ロビン様の女の趣味を」
「ええ? やだよ、そんなの。聞かなくていいよ」
「聞かないといつまでたってもキティちゃんはウジウジするでしょ。ほら、さっさと立つ!」

 

 無理やり立たされた。エーリカちゃんは行動派すぎて、たまについていけない。

 

 

 

 

「ロビン様の、女性の好み?」

 

 コンラッドさんは訝しげに眉を寄せた。
 厨房で、銀器の確認をしていたようだった。

 

「そんなことよりエーリカ。階段の掃除はすんだのか」
「あとでやりまーす」

 

 エーリカちゃんは適当にこたえる。
 コンラッドさんは息をつきつつ、あたしに視線を移した。

 

「そのようなことを聞いて、どうするおつもりですか」
「どうって、その……。ロビンさんは、やっぱりオトナっぽい人が好きなのかなって思って」

 

 しどろもどろにこたえた。
 うう、沈黙が痛い。
 やっぱりコンラッドさんに聞くのは無神経だったかな。いくら特性のせいとはいえ、コンラッドさんの気持ちを軽んじてしまった気がする。

 

「ごめんなさい、やっぱりいいです。いこう、エーリカちゃん」
「お待ちください」

 

 大きな掌に二の腕をつかまれて、息をのんだ。

 

「私のことを気遣ってくださっているのなら、それは不要です」

 

 濃い色の瞳が、深い。
 あたしは動けなくなった。

 

「ナツ様による特性の影響は、すでに切れています。ロビン様よりは遅れましたが」
「そうなんですか?」

 

 あたしはほっと息をついた。
 それなら確かに、気づかいはいらないだろう。

 

 しかしコンラッドさんは、衝撃的なことを口にした。

 

「切れてはいますが、私の気持ちは変わりません」
「……え?」
「ですが、お気遣いはいりません。私は私で、そのことに関して貴女を気遣うつもりはありませんので」
「え?」

 

 とてつもなく不穏なことをいわれた気がする。

 

「ロビン様の女性の好みでしたね」

 

 二の腕から手を離して、コンラッドさんはいった。

 

「あの方に好みなどありません。女性であれば、誰でもいいのではないでしょうか」

 

 まったく参考にならないどころか、身もフタもないこたえだった。

 

 

 

 

「あれだと、ロビンさんはただの節操ナシってことになるじゃない」

 

 あたしは絶望した気分でいった。
 エーリカちゃんは肩をすくめる。

 

「でもそーなんじゃない? ロビン様は見た目の美醜にこだわらなさそうだし、優しい女の子とも意地悪な女の子とも、それなりに楽しんで付き合いそう」
「……。あたし、自信なくなってきた」
「なんで? ハードル低くいどころかほとんどない状態ってことでしょ。楽でいいじゃん」

 

 軽くいうなぁ。

 

「ハードルがないと、どこで跳べばいいのかわからないよ」
「どこでもいいんだよ。さっさと跳んじゃえ。どーせ結果は見えてるんだから」
「そんなこといわれてにゃ、」

 

 そこであたしは言葉を切った。また猫になってしまった。

 

「ちょーどいい! ロビン様に治してもらいにいこ」

 

 エーリカちゃんがキラキラした目でいった。

 

「きっと書斎だよね。いこ、キティちゃん」
「み、みゃー」
「ほら、さっさと立つ!」

 

 またしても無理やり立たされた。
 エーリカちゃんは強引だ。

 

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